魔と天使の共存する世界の中で
ぼくは性善説で生きています。誰が何を言おうとも、自分が生きているうちはこの姿勢を変えることはないでしょう。
人は皆、仏性と神性を心・スピリットに宿している。
先日あるアーティストのライブ前のトークショーがYouTubeにあり、興味深く拝見しました。
「私の歌が誰かの救いになることはあるのだろうか」と悩んだと彼女は言う。
音楽の世界には魔物も住んでいる
ぼく自身の経験から言うならば、音楽の世界には魔物がいます。
そして神、音楽の神々も存在している。
日本で言えば天宇受売命(アメノウズメ)、弁財天、インドで言えばラクシュミー。西洋であればミューズ。
アカシックレコードに描かれてきたかのような歴代の偉大なミュージシャン達。今は天国にいるレジェンド達。
ついつい売れたいがために、承認欲求のために、またはお金、名誉のために、本当に自分が描きたい世界観ではない歌を書いて・歌って売れてしまうこともある。
1度歌が売れると、売れた歌は人生の限り、歌い手であるアーティストを追いかけまわします。
あなたが本当に書きたいストーリーは何か。
あなたが救いたい人はどんな人たちなのか。
あなたが音楽で共有したい空間はどのような空間なのか。
歌を書いてビジネスとするということは、自分と歌の相手の人生を切り売りするということ。魂をミュージックビジネスのラインにのせる行為。
音楽で世界を変えてみなよ
自分の書いた歌で時代が動く姿を目にしてきました。
今の時代、Z世代などにはわからない、懐メロのような昔話なのだろうけれど、
「楽園」は時代にとってセンセーショナルな売れ方をしました。
渋谷のセンター街を歩けば大音量で歌が流れてくる。
カラオケに行っても、街を歩いていても、テレビからも、ラジオからも「楽園」が流れ、紅白歌合戦で歌われ、音楽番組にも次々と出演。平井堅さんの当時のコンサートツアーは大盛況でした。今も開催すればもちろん大盛況に行われることでしょう。
歌を超えて
「楽園」は歌のイメージ、内容から、かなり批判的に評価する人々も多かった。
だから、ぼくは自分の書いた歌は売れていながらも心は傷ついた日々もありました。
平井堅さんご自身も「楽園」による変化、歌に対して良くも悪くもとはしながらも、否定的とも取れるような発言をすることが多々見受けられました。
そのたびに、ぼくの心は傷つき、自分が書いた歌はアーティストを幸せにはしていなかったのだろうか・・・と
悔んだこともありました。
楽園は今もここにある
あれから25年、本当に良い体験をさせてもらえたと思っています。
作詞家として、「楽園」のような楽曲の売れ方は異例中の異例、
時代を紐解いてみても、あまりおなじような売れ方はないはずです。
時代が大きく動いた感覚がありました。
2000年・ミレニアムという、一つの大きな区切りの時代に、センセーショナルな歌を投じたという体感。
それはとても大きな体験でした。
人生、平井堅さん、関わりある全ての方々にはありがとうの気持ちだけがあります。
ぼくをクリエイターとしてすくい上げていただけた全ての方々へ、ありがとうだけがある。
そして「楽園」は平井堅さんでなければ売れなかった。
平井堅さんだから、あの歌はあれだけ売れた。
それは不思議と確信できること。
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歌を書く時、ついつい、売れるため、何かのため、と考えがちですが、ぼくたちは歌に向けて愛を注ぐことだけはわすれてはいけない。
全ての歌はラヴソング。
このことを心にしっかりと刻み込んで、誰かの心にきっと届くように。
ぼくは何度もこの人生を音楽に救ってもらって生きてきました。
悲しみの中にいるときにラジオから聴こえてきたメッセージソング。
青春の中で何度も何度も歌ったヒットソング。
音楽を聴けば、時代が蘇る。一瞬であのときのあの場所に心が映り込む。
良い歌を書きたいと思います。
これからも。
あなたにも良い歌を書いてほしい。
これからずっと。
MAKOTO ATOZI